2019/01/07 弁護士のひとりごと
レビンさん-急性腎不全と闘った猫⑤
12がつになった。
ぼくは、また、ちょうしがわるくなった。
こんどは、ママがはやくきがついて、ぼくを「びょういん」へつれていった。
「せんせい」もこんどは、すぐに、ぼくのからだに、するどいはりをさして、ちをぬいた。
また、きゅうげきに、じんぞうのすうちが、あがっていた。
ぼくは、また、家にかえしてもらえなかった。
そのご、ぼくは、いったんよくなって、家にかえった。
でも、またすぐにちょうしがわるくなった。
ママは、ぼくを、また「びょういん」へつれていった。
また、じんぞうのすうちが、あがっていた。
「せんせい」はママとパパにいう。
「レビンちゃんは、じんぞうの、すうちが、きゅうげきに、あがったり、さがったりします。『まんせいじんふぜん』とはいえません。なんども『きゅうせいじんふぜん』をくりかえしている、としか、いいようがありません。こんなねこちゃんは、みたことが、ありません。」
ぼくは、また、家にかえしてもらえなかった。
12がつ24日、やっと、じんぞうのすうちがよくなったぼくは、家にかえしてもらえることになった。
家にかえるじゅんびをしていると、神さまが、あらわれていう。
「おまえのじんぞうは、『きゅうせいじんふぜん』をくりかえしたことで、だんだん、よわっている。おまえのいのちは、あと1ねん。これは、神のわたしにも、どうしようもない、じゅみょうだ。くいのないように、すごしなさい。そして、しゅくだいの、こたえをみつけなさい」
わかった。神さま、わかったよ。ぼくは、誇りたかいねことして、のこり1ねんをすごす。
しゅくだいのこたえも、かんがえる。
お気に入りの場所で日なたぼっこ
3がつ、ぼくは、やっと、「せんせい」から、「もうあしのとこずれは、よくなりました。『びょういん』へこなくてもいいです」といわれた。
ぼくは、だいきらいな「びょういん」へいかなくてよくなって、ほんとうに、うれしかった。
「びょういん」へいかなくてよくなって、ぼくのたいじゅうは、すこしずつ、もとにもどった。
だけど、10かげつものあいだ、まい日、ほうたいをまかれた、ひだりうしろあしは、ひきずったままだった。
8がつ、ぼくは、15さいになった。にんげんのとしでいうと、76さいだ。
ママは、ぼくが、15さいになったのを、よろこんでくれた。ほんとうにうれしそうに、わらっていた。
15さいのおたんじょう日にまーくんと
15さいをすぎて、ぼくのうごきは、おそくなった。もう、あまり、はしったり、とんだり、しなくなった。
ママは、すこし、ふしぎそうなかおをしたけれど、「レビンもとしをとったのね。としのせいよね」
と、じぶんに、いいきかせるように、いった。
・・・ママ、ぼくには、もう、あまり、じかんがない。
ぼくは、ママのわらっているかおが、だいすきだ。
それに、誇りたかいねこのぼくは、にんげんに、じぶんの死を、けどらせることはしない。
ぼくは、ママに、いままでより、あまえるようになった。いままでも、こたつで、ママのあしをまくらにするよう、ようきゅうすることは、おおかったけれど、そのほかに、うでまくらも、ようきゅうしたりした。ママの、そばに、いるじかんも、ふやした。
もちろん、よるは、いままでどおり、ママのうでまくらで、ねむる。
11がつ、ぼくは、なんどか、はいた。
ママは、ぼくを、また「びょういん」へつれていった。このときも、ちをぬかれたけれど、じんぞうのすうちは、あまりわるくなかった。
ママは、「レビンも、としをとったから、いちょうのちょうしが、わるいのかしら?」とくびをかしげていた。
ぼくは、むりをして、げんきなそぶりを、みせる。
誇りたかいねこのぼくは、けっして、にんげんに、じぶんの死を、けどらせることはしない。
12がつ17日、ぼくはまたはいた。なんどかはいた。
きもちがわるい。ごはんを、たべることができない。
ついにきた。誇りたかいねこの、ぼくにはわかる。おわかれの日が、ちかづいている。
ママは、しんぱいして、ぼくを「びょういん」へつれていった。
「せんせい」は、ぼくのからだに、はりをさし、てんてきをした。「もしちょうしがわるければ、もういちど、つれてきてください」
・・・・・・いけない。ママに、ちょうしが、わるいと、きづかれたら、ぼくは、また「びょういん」へつれていかれる。さいごの日々を、家ですごすことができなくなる。
ぼくは、むりをして、げんきなふりをした。
すこしだけだけれど、むりやり、ごはんをたべた。すこしだけだけれど、はしってみせたりもした。だいこうぶつの、またたびも、ねだってみた。
12がつ20日、ほんとうは、きもちがわるい。でも、ぜったいに、けどられてはならない。
ぼくは、ママとパパが、いっしょにかえってきたとき、げんかんに、おむかえにいった。おなかがすいたよ、ごはんをちょうだい、といってみた。
ママは、うれしそうに、「レビン、このまえから、ごはんをたべないのは、いままでのごはんに、あきちゃったからかしら。まっていてね。ちがうごはんをあげる」といった。
そして、ぼくに、ごはんをくれた。
ぼくは、あまえて、ママに「ママの手からたべさせて」といってみた。
ママは「レビンは、あまえんぼうね」といって、ごはんを、手にのせて、たべさせてくれた。
ぼくは、いっしょうけんめい、ごはんを、たべた。すこししか、たべられなかったけれど、いっしょうけんめい、たべた。
これが、さいごのごはんだと、けどられないように・・・。
しんやになって、ぼくは、はいた。なんどもはいた。ついに、きた。ぼくのじんぞうは、こわれてしまった!
21日あさ、ぼくのちょうしはわるい。もう、かぞくに、かくすこともできない。
ママは、しんぱいそうに、「ゆうがたになっても、ちょうしがわるいようなら、パパに『びょういん』へつれていってもらいましょうね」といって、しごとへでかけた。
ゆうがた、ママがかえってきた。パパもかえってきた。
あさからずっと、ぼくは、おしっこがでていない。
パパは、ぼくを、「びょういん」へつれていった。
「せんせい」は、おしっこがでない、というパパのせつめいをきいて、かおいろが、かわった。
「このまま、おしっこがでないと、じんぞうのきのうが、のこっていない、かのうせいがたかいです。そうなると、からだにたまった、どくそがしんけいをおかし、たてなくなります。やがて、死にいたることになります」
「せんせい」は、また、ぼくのつめをきった。まえあしの毛を、そった。
そして、かたいエリザベスカラーを、ぼくのくびにつけて、まえあしに、はりをさして、ほうたいをまいた。
そのみっともないかっこうで、ぼくは、つめたいてつごうしのなかに、4たび、いれられた。
「せんせい」は、なんども、なんども、ぼくのからだに、するどいはりをさす。
「おしっこをするんだ、レビン」そう、心のなかでさけんで、さす。
ああ、「せんせい」は、ぼくを、いじめる、わるいにんげんじゃなかったんだ。あんがい、いいやつだったんだ。
よく22日、パパがおみまいにきた。どようびだったけれど、ママは、しごとでこられなかった。
「せんせい」は、パパにいう。
「まだ、おしっこがでていません。このままでは、ひじょうに、きけんです」
23日、ごご2じすこしまえ、こんどは、ママもパパとおみまいにきた。
ぼくのみみは、とても、こうせいのうだ。なんまいもの、かべや、ドアがあっても、かぞくのあしおとは、よくわかる。
ママがきた!
ママは、パパにいう。
「たとえ、とうせきをしてでも、レビンがたすかるなら。ここじゃない、とおい『びょういん』へ、まいにちかよってもかまわない」
ママとパパは、「せんせい」からせつめいをうけた。
「りにょうざいを、なんぼんも、ちゅうしゃしたのですが、レビンちゃんは、まだおしっこがでていません。もう、じんぞうのきのうは、のこっていないと、かんがえられます。てんてきで、すでにたいじゅうが500グラムもふえました。これいじょうの、てんてきは、しんぞうにふたんがかかり、かえってきけんです。これいじょうのちりょうは、できません」
「このまま家にかえると、きょうか、あすか、あさってか、死ぬことになります。でも、たとえ、つらい、とうせきちりょうをしても、じんぞうの、きのうが、のこっていないのであれば、いずれ、死ぬことになります。そうであるならば、もう、家にかえって、さいごのときを、かぞくと、すごしてはどうでしょうか?さいごの、きせきにかけて、りにょうざいをちゅうしゃして、おかえしします」
このとき、ママは、はじめて、ぼくが死ぬと、「せんせい」につげられた。
ぼくはたすかる、という、ママのきぼうが、うちくだかれる!
すこし、間をおいて、ママは、なきだしそうなこえで、いっしょうけんめい、いう。
「わたしも、ぶんやはちがうけれど、せんもんかです。せんもんかのいうことは、ただしいものです。せんせいが、そうおっしゃるのなら、レビンを家へつれてかえります」
そのとき、神さまがあらわれた。
「おまえのいのちは、あと24じかんだ。ざんねんだが、これは、じゅみょうだ。どうしようもない。ママとパパといっしょに家へかえって、さいごの24じかんをすごすかね?」
ぼくはすこしかんがえた。
そして、神さまにいった。
「ぼくが、いま家にかえったら、ママとパパは24じかん、ずっと、かなしいじかんを、すごすことになる。それは、いやだ。ぼくは、さいごに、もういちど、ママのわらうかおが、みたい。おねがい。神さま、ぼくに力をかして」
神さまはいう。
「やれやれ、しかたがないな。だが、おまえが、ここで、ママのわらうかおをみたら、おまえは、このろうごくのような、つめたい、てつごうしのなかで、ひとりで、死のきょうふにたえなければならない。家にはかえれないかもしれない。そうなったら、そのみっともないかっこうで、死をむかえることになる。それでもよいのかね?」
・・・かまわない。神さま、かまわない。ぼくは、さいごに、ママのわらうかおがみたい。
そして、ママには、安らかなよると、きぼうにみちたあさを、あげて。
それに、ぼくは、誇りたかいねこだ。けっして、にんげんに、おのれの死を、けどられるようなことがあっては、ならない。ぼくに、力をかして。
そのとき、ぼくは、からだのなかで、あたたかい力がみちるのを、かんじた。
「せんせい」が、さいごのりにょうざいをうつために、てつごうしを、あける。そして、ぼくのおなかを、さわる。
そのとき、「せんせい」は、あれ?とこえをあげた。そして、もういちど、ぼくのおなかを、さわる。
そして、ママとパパをよぶ。
「せんせい」は、こうふんしたこえで、いう。
「いま、レビンちゃんの、ぼうこうに、おしっこがたまっています!おしっこがでるのであれば、きぼうがある。もうすこし、ちりょうをしましょう!」
ママは、いっしゅん、えっ!とおどろき、なみだのうるんだひとみで、わらう。ほんとうに、こころから、うれしそうに、わらう。
「ええっ~。せんせい、わたしのなみだをかえして~!!」
・・・・・・よかった。ぼくのみたかったのは、ママの、このわらうかおだ。
「レビン、おしっこがでたのね。もうすこし、にゅういんですって。がんばるのよ」
ママは、わらいながら、ぼくのあごをなでてくれる。ぼくは、いっしょうけんめい、目に力をこめる。げんきなふりをする。
だいじょうぶ、だいじょうぶ。ぼくは、がんばるよ。だからね、もっとあごをなでて。くびもなでて。
「ああ、こんなに、よだれがでちゃって、あごの毛は、またハゲちゃうのかしら。たいいんしたら、きれいにしましょうね」ママは、そっとなでてくれる。
・・・・・・これで、じゅうぶんだ。神さま、ありがとう。