着物ふく

2020/12/30 着物ふく

着物福 結城紬①

わたくしは、結城紬。百六十亀甲。しかも総柄。

 

年齢はほとんど30歳。100年の寿命を誇る結城紬としては、まだまだ若手ってところ。

 

福島県の保原というところで作られた袋真綿から細い、細い糸として紡ぎ出されたのは、うっすら覚えている。

 

たくさんの工程を経て、何ヶ月もかかって織子さんがわたくしを織り上げたのよ。

 

結城紬は、八十亀甲、百亀甲、百二十亀甲、百六十亀甲、二百亀甲・・・と数字が大きくなればなるほど、細かい絣になる。

 

今では、二百亀甲の結城紬を織ることができる人はもういないらしいの。

 

だから、市場に出回る結城紬の中で、百六十亀甲のわたくしは、ほとんど最高級の部類ね。

 

しかも、最近は、飛び柄の百六十亀甲は時々見かけるけれど、総柄の仲間はほとんど見かけないわ。

 

わたくしが生まれたてのほやほやの頃、わたくしの端っこに「証紙」とかいうシールがべたべた貼られて、わたくしは売りにだされたの。

 

いかにもお金持ちの奥様!って感じの女性がわたくしを買ってくれたの。奥様は、少々小柄な方だったわ。

 

当時は日本も景気が良くって、高額な着物が競うように売れたの。

 

奥様も、結城紬の風合いが良くってわたくしを買ったのではないの。とにかく、お金持ちだってことを自慢するためにわたくしを買ってくれたの。わたくしは奥様にはうってつけの高額品だったの。

 

それでも、わたくしは幸せだった。奥様は時々わたくしを見せびらかすように身にまとってお出かけしてくれたから。

 

まわりの人たちがつくため息を、わたくしは自慢げに聞いていたものよ。どう、わたくし、凄いでしょ!って。

 

でも、幸せは長くは続かなかった。奥様が亡くなったの。

 

昔は、着物は「資産」として、母から娘へと受け継がれた。

 

でも、奥様が亡くなった頃、もう着物を着る人がいなくなってしまっていたの。ほら、結城紬って地味でしょ。わたくしに価値があるなんて分かる人がいなかったの。

 

わたくしは、「証紙」がないからって、元々の金額からしたらタダみたいな値段で業者に売られてしまったの。わたくし自身より、わたくしから切り落とした端っこにつけられたシールの方が大事だなんて、人間も変わっているわね。

 

業者は、今の時代の女性にとっては小さい着物だからといって、わたくしを大きく仕立て直した。でも、胴裏や八掛は古い物をそのままつけてしまった。そこも今の時代を追っかけなさいよ。失礼な業者だこと。

 

それでも、わたくしは腐ったりしなかったわよ。

 

わたくしたち結城紬は、人間より長い100年の寿命がある。1人の人間の元で人生を全うすることはできないの。次々と人の手に渡るのはわたくしたち結城紬の宿命。

 

わたくしは、新しい管理人が見つかるまで、少しの間眠りにつくことにした。

© 小野田法律事務所